● 第1章の1 サウルス

「サウロス[σαυρος ]」=「トカゲ」(「サウラー[σαυρᾱ]」:女性形)
   >「サウル・/サウロ・[saur(o)-]=「トカゲ(形)の」

「ラケルタ[ lacerta ]」=「トカゲ」

「ドラコーン[δρακων]」=「ドラゴン,竜,大蛇」
   >「ドゥラコー[draco]」=「竜,(一種の)蛇」
   >「ドゥラク・/ドゥラコ•[drac(o)-]」=「竜の,蛇の」

恐龍といえば,ほとんどが「・サウルス[ -saurus ]」とつきます.じゃあ,「サウルス」って,どういう意味でしょう.

もともとは,ギリシャ語の「サウロス[σαυρος ]=トカゲ」で,これは男性形,女性形は「サウラー[σαυρα]」.ラテン語では「ラケルタ[ lacerta ]=トカゲ」ですが,ラテン語の《合成前綴》としては,「サウル・,サウロ・[ saur(o)- ]=トカゲ(形)の」がよくつかわれます.これに《接尾辞》の「・ウス[ -us ]=『行為とその結果,性質』を示す」とラテン語辞典にでています.辞典の解説も,なんのことか良くわからないですが,「・(の様)なもの」と訳しておけば,ほとんど意味が通じるようです.同辞典には女性形として[ -utis ]があげられています.
 ところが,別のラテン語の解説書には,男性名詞は[ -us ]でおわるものが多く,女性名詞は[ -a ]でおわるものが多いとあります.たとえば,オオカミは「ループス[ lupus ]」ですが,雌オオカミは「ルーパ[ lupa ]」なのだそうです.そうすると,雄トカゲが「サウルス[ saurus ]」で,雌トカゲは「サウラー[ saura ]」なのでしょうか?
 そのとおり.「マイアサウラー[ Maiasaura ]」は「マイア」が女性名詞のため「サウル」が「サウラー」に変わったものです(1-4「ギリシャ神話」参照).
 現在では,恐龍類は爬虫類には入れられない独立したグループと考えられることが多いので,この本では,「サウルス=トカゲ形のもの=龍」と意図的に訳してゆきたいと思います.
 なお,「竜」ではなく「龍」をつかいます.理由はたいしてありません.

恐龍を「・ザウルス」と発音する人もいます.
 これは,明治以降,学問を欧米から輸入した時にドイツ経由で渡ってきたもので,ドイツ語の発音「ディノザウリエル[ Dinosaurier ]」の複数形「ディノザウルス[ Dinosaurus ]」からきています.ちなみに,英語圏経由の発音では「ダイ・ナ・ソー[ dinosaur ]」,複数形で「ダイ・ナ・ソー・ルス/・ラス[ dinosaurs ]」としか聞こえず,よく言われる「ダイノサウルス」という発音ではありません.
 では,「ダイノサウルス」って何語なのでしょう.いわゆる「カタカナ語」ですね.あえていえば,日本語もしくは和製英語ですね.

学名はラテン語で表すことになっているのなら,発音もラテン語(もしくはラテン語風)ですれば,イーじゃん,と思いますが,せっかくの学名なのに,国(言語圏)によって,発音がちがうというのは,何か残念ですね.命名規約*1には,表記の仕方についてはいろいろ提案していますが,発音の仕方については何もいっていません.学問は印刷物だけでするわけではなく,各国の研究者が直接話し合うことも多いのに,国際化が遅れているといっていいでしょう.

さて,恐龍類の学名は「ディーノ・サウル・イア[ Dino-saur-ia ]」で,分解すると「ディーノ・/ディーン・[ din(o)- ]=恐ろしい」+「サウル・/サウロ・[ saur(o)- ]」=「トカゲ(形)の」+「・イア[ -ia ]=性質,状態,行為,術;(民族名につけて)国名」となります.ここで,「・イア[ -ia ]」のことですが,この場合は,「ディーノ・サウル[ Dino-saur ]」に分類されるグループにつけて,集団名とすると解釈してください.つまり,「ディーノ・サウル[ Dino-saur ]」という(民族名につけて)国名(集団名)を表すということです.
 で,ディーノサウリアは「恐ろしいトカゲのようなグループ」を意味します.

「龍」をしめすもう一つの言葉にはドラゴンがあります.ドラゴンはもともと,ギリシャ語の「ドラコーン[δράκων]」=「ドラゴン,竜,大蛇」から.ラテン語になって,「ドゥラコー[ draco ]」=「竜,(一種の)蛇」.
 もちろん恐龍の名前にも当然つかわれていて,「クリュプト・ドゥラコー[ Crypto-draco ]」*2=「隠れたドラゴン」.模式種の種名が「エウ・メール・ウス[ eu-mer-us ]=美しい+腿の+もの」,標本が大腿骨一つである所からきているのだろう.あわせて,「美しい腿を持つ,隠れたドラゴン」!.大腿骨一個で,すごいネーミングだなあ!
 この「クリュプト・ドゥラコー」は,「クリュプト・サウルス」*3と呼ばれていたことがあります.

もう一つは,「ドゥラコー・ペルタ[ Draco-pelta ]」*4=「ドラゴンの小盾」.模式種の名前が「ズビスゼウスキー・イ[ zbyszewski-i ]=ツビツェウスキーの」.「ツビツェウスキー」*5は人名.属名とあわせて,「ツビツェウスキーさんのドゥラコーペルタ」という意味になります.


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【ここに登場した恐龍】
Cryptosaurus Seeley, 1869
【模式種】Cryptosaurus eumerus Seeley, 1869
【産 地】英国(中期ジュラ紀
【分 類】下記参照

Cryptodraco Lydekker, 1889 [Cryptosaurus Seeley, 1869]
【模式種】Cryptodraco eumerus (Seeley, 1869) Lydekker, 1889
【産 地】英国(中期ジュラ紀)
【分 類】 Nomen dubium(疑わしい名前)
 模式標本*6は一本の大腿骨.この骨の持ち主はCryptosaurus Geoffroy, 1833に分類されるものとして,シーリィ(Seeley, 1869)がCryptosaurus eumerus として記載したが,Cryptosaurus Geoffroy, 1833はCystosaurus Geoffroy, 1833の印刷間違いであった.そこで,ライデッカー(Lydekker, 1889)がCryptosaurus Seeley, 1869をCryptodraco Lydekker, 1889として再命名した.
 しかし,標本は一つの大腿骨で種の定義は不可能であるとみなされる.これを専門用語で“疑わしい名前(Nomen dubium:複数形はNomina dubia)”という.

Dracopelta Galton, 1980
【模式種】Dracopelta zbyszewskii Galton, 1980
【産 地】ポルトガル(後期ジュラ紀)
【分 類】Vickaryous, Maryanska et Weishampel (2007, p.366)
THYREOPHORA Nopcsa, 1915
  EURYPODA Sereno, 1986
    ANKYLOSAURIA Osborn, 1923
      ANKYLOSAURIA incertae sedis
        Dracopelta Galton, 1980
          D.zbyszewskii Galton, 1980



*1 命名規約:生物の種を定義する時には,一定の規則にしたがって記述することが求められています.動物の場合は「動物命名規約」,植物の場合は「植物命名規約」という国際的な取り決めです.化石(=古生物)の場合は特に規約はないのですが,動物化石の場合は動物命名規約に,植物化石の場合は植物命名規約に従うのが通例です.
*2 「クリュプト・ドゥラコー[Crypto-draco]」:英語圏の人は「クリプトドラコ」を『クリップ・トッド・ラ・コー』という風に発音します.
*3 「クリュプト・サウルス[Crypto-saurus]」:英語圏の人は「クリプトサウルス」を『クリップ・ト・サウル・ウス』と発音します.
*4 「ドゥラコー・ペルタ[Draco-pelta]」:英語圏の人はドラコペルタを『ドライ・コ・ペル・ター』もしくは『ドゥラクッ・オ・ペル・タ』という風に発音します.
*5 G.=ツビツェウスキー[G.Zbyszewski]:ポルトガルの地質学者・古生物学者で,いくつもの恐龍を報告しています.
*6 模式標本:種を定義した時に使われた標本のこと.あたらしい標本をその種であるとする時は模式標本と比較することが要求される.



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