● 第1章の2 デイノス

「デイノス[ δεινός ]」=「恐ろしい,異常な,不思議な」
   >「デイン•/デイノ・[ dein(o)- ]」=「恐ろしい」
   >「ディーン・/ディーノ・[ din(o)- ]」=「恐ろしい」

「ラーブロス[ λάβρος ]」=「猛烈な,猛々しい,恐ろしい」
   >「ラーブルス[labrus]」=「魚の一種」
   >(?)「ラーブル・/ラーブロ・/ラーブリ・[labr(o,i)・]=「猛烈な,猛々しい,恐ろしい」

「フェロークス[ ferox ]」=「恐ろしい」
 「ホッリドゥス[ horridus]」=「逆毛立つ,ゾッとする,恐ろしい」

恐竜類を示す英語「ダイノソア[dinosaur]」は「ディーン・/ディーノ・[ din(o)- ]」=「恐ろしい」を語根としています.これはギリシャ語の「デイノス[δεινός]」=「恐ろしい,異常な,不思議な」をラテン語の《合成前綴》化してできた「デイン・/デイノ・[ dein(o)- ]」=「恐ろしい」の別綴りです.

さすがに,「恐竜類」と訳されるだけあって,恐竜の仲間の名前は恐ろしいことを強調するものが多いですね.
 「デイン・/デイノ・」はさまざまな名詞につながって「恐ろしいなにか」という名前になります.たとえば,「歯」を意味する「・オドン[ -odon ]」と結びついて,「デイン・オドン[ Dein-odon ]」=「恐ろしい歯」.「手の,手の形の」を意味する「ケイル・/ケイロ・[ cheir(o)- ]」に結びついて,「デイノ・ケイルス[ Deino-cheirus ]」=「恐ろしい手」.これは巨大な手の部分しか見つかっていない標本です.「爪」を意味する「オニュク・/オニュコ・[ onych(o)- ]」と結びついて「デイン・オニュクス[ Dein-onychus ]」 =「恐ろしい爪」など.

「デイノ・」の別表現である「ディノ・[ dino- ]」にも「・サウルス」が結びついて「ディノ・サウルス[ Dino-saurus ]」=「恐ろしい龍」になり,「・オドン」が結びついて「ディノドン[ Dinodon ]」=「恐ろしい歯」になります.さらに「梁(はり)」を意味する「ドコス[δοκός ]」に結びついて「ディノ・ドクス[ Dino-docus ]」=「恐ろしい梁」になります.梁のどこが恐ろしいのかよくわかりませんが,似た名前に「ディプロ・ドクス[ Diplo-docus ]」=「二本の梁」があるところから,「恐ろしい」を「巨大な」の意味に使っているのでしょう.

暴君龍の名をもつのが「テュラッノ・サウルス[ Tyranno-saurus ]」.「テュラッノ・」はギリシャ語の「テュラッノス[ τϋραννος ]」が語源で「絶対専制的な君主.暴君」のこと.「テラノサウルス」や「チラノサウルス」のほうが通りがいいですが,まるで原語を反映していません.最近では「ティランノサウルス」と表記する場合も増えています.暴君が恐ろしいのはいうまでもありません.
 似た名前をもつのが「テラト・サウルス[ Terato-saurus ]」.こちらは,ギリシャ語の「テラス[ τέρας ]」が語源で「しるし,奇兆,不思議,驚くべきこと,巨怪なもの」を意味しますが,これからできたラテン語の語根「テラトゥ・/テラト・[ terat(o)- ]」は「奇異の,奇形の」という意味で,若干ニュアンスが異なります.「テラト・サウルス」を“怪物トカゲ”という意味だとする向きもありますが,ここでは「驚くべき龍」と訳しておきます.

ギリシャ語にはもう一つ「恐ろしい」という意味をもつ言葉があって,それは「ラーブロス[ λάβρος ]」=「猛烈な,猛々しい,恐ろしい」.ラテン語の《合成前綴》化して,「ラーブロ・[ labro-]」 というのはウソ.ほかに例がないので,《合成前綴》化したとはいえません.
 とはいえ,この語をもらったのが,「ラーブロ・サウルス[ Labro-saurus ]」.意味はもちろん「恐ろしい龍」ですえ.さらに,このラーブロサウルス属には,ラテン語で「恐ろしい」という意味の種名「フェロークス[ ferox ]」がつけられた「ラーブロサウルス=フェロークス[ Labrosaurus ferox ]」があります.意味は「恐ろしいラーブロサウルス(?)」.なお,この種はいくつか歯のついた左の歯骨(一個のみ)からつけられた名前で,ラブロサウルス自体はアッロサウルス属[ Allosaurus Marsh, 1877 ]に入れられるべきものだろうとされています.

ラテン語にも,もう一つ「恐ろしい」という意味をもつ語があって,それは「ホッリドゥス[ horridus ]」=「逆毛立つ,ゾッとする,恐ろしい」.
 こちらは,前出のデイノドン属に含まれる「デイノドン=ホッリドゥス[ Deinodon horridus ]」や,「アカントプォリス=ホッリドゥス[ Acanthopholis horridus ]」,「トゥリケラトープス=ホッリドゥス[ Triceratops horridus ]」などがあります.


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【ここに登場した恐龍】

Deinodon Leidy, 1856
【模式種】D. horridus Leidy, 1856
【産 地】北米・モンタナ州(後期白亜紀)
【分 類】Nomen dubium
標本は歯だけ.歯だけでは属種は決められない.

Deinocheirus Osmolska et Roniewicz, 1970
【模式種】 D. mirificus Osmolska et Roniewicz, 1970
【産 地】モンゴル(後期白亜紀・マーストリヒト期)
【分 類】標本は前肢だけなので未詳.オルニトミモサウリア[ cfr. ORNITHOMIMOSAURIA Barsbold, 1976 ]に参照できるとする研究者もいる.

Deinonychus Ostrom, 1969
【模式種】 D. antirrhopus Ostrom, 1969
【産 地】北米・モンタナ州-オクラホマ州(前期白亜紀)
【分 類】Norell & Makovicky (2007, p. 198)
DROMAEOSAURIDAE Matthew et Brown, 1922
  Deinonychus Ostrom, 1969
    D. antirrhopus Ostrom, 1969

Dinosaurus Ruetimeyer, 1856
【模式種】 D. gresslyi Ruetimeyer, 1856
【産 地】欧州(後期三畳紀)
【分 類】Galton (1990, p.335)
PROSAUROPODA Huene, 1920
  PLATEOSAURIDAE Marsh, 1895
    Plateosaurus Meyer, 1837
      P.engelhardti Meyer, 1837
 標本は1856年に Ruetimeyerによって Dinosaurus gresslyi として記載されたが,すでにこの名前は使われていたので,翌1857年,Gresslyosaurus ingens として再命名された.しかし,現在では Plateosaurus engelhardti Meyer, 1837と同じものとみなされている.

Dinodon Cope, 1866
Deinodon Leidy, 1856の分類に関する論争の時に,Cope (1866)がもち出した属名.前述のように,「歯」だけでは分類不能なので,論争には意味がなかった.なお, Dinodon はすでにヘビの属名として用いられており,どちらにしても無効.

Dinodocus Owen, 1884
【模式種】 Dinodocus mackesoni Owen, 1884
【産 地】英国(前期白亜紀)
【分 類】Nomen dubium
 標本は肢骨だけ.Steel (1970, p. 70)では Pelorosaurus Mantell, 1850の同物異名とされていたが,肢骨だけでは分類不能.したがって,「疑わしい名前」扱い.

Tyrannosaurus Osborn, 1905
【模式種】 Tyrannosaurus rex Osborn, 1905
【産 地】北米・モンタナ州(後期白亜紀)
【分 類】Holtz Jr. (2007, p. 113)
TYRANNOSAUROIDEA Walker, 1964
  TYRANNOSAURIDAE Osborn, 1905
    TYRANNOSAURINAE Matthew et Brown, 1922
      Tyrannosaurus Osborn, 1905
        T.rex Osborn, 1905
 北米各地で追加発見されている.

Teratosaurus Meyer, 1861
【模式種】 T. suevicus Meyer, 1861
【産 地】ドイツ(三畳紀)
【分 類】この標本にはかなりの混乱があるようで不詳.一個の上顎骨からなる模式標本は祖竜類(archosaurs)に編入されたようだ.恐竜類の祖先系は再編がすすんでいるようで,よくわからない.一方,この属にいくつかの種が当てられているが,いずれも部分的なもので,nomina dubia (疑わしい名前)として扱われている(Galton & Upchurch, 2007).

Labrosaurus ferox Marsh, 1884
【産 地】北米(後期白亜紀)
【分 類】不明
 標本は左の歯骨からなる.Allosaurus fragilis Marsh, 1877に含まれるものとされる場合もある(Molnar, Kurzanov & Zhiming, 1990)が,「?」付きである.

Deinodon horridus Leidy, 1856
[上記]

Acanthopholis horridus Huxley, 1867
【産 地】英国(白亜紀中期)
【分 類】Nomen dubium
 一時は,ノドサウルス科に入れられていたこともあるが,標本が不完全なのでAcanthopholis属に入れられていた標本は,すべて「疑わしい名前」とされ,無効名扱い.

Triceratops horridus (Marsh, 1889)
【産 地】北米・ワイオミング州(後期白亜紀)
【分 類】Dodson, Forster & Sampson (2007, p. 496)
CERATOPSIDAE Marsh, 1890
  CHASMOSAURINAE Lambe, 1915
    Triceratops Marsh, 1889
      T. horridus Marsh, 1889



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