● 第1章の3 プレデター

英語の「プレデター[predator]」は,日本語で「略奪者,捕食者」を意味しますが,ここでは「肉食性動物」と考えましょう.もちろん「肉食恐龍」の英語は[Predatory dinosaurs]です.恐龍のイメージは,やっぱり狂暴でなくっちゃあね.

「プレデター」と同じ意味を持つラテン語が「ラプトル[raptor]=略奪者,強奪者,誘拐・誘惑者」.
 意外なことに,この語そのものを名前に持つ恐龍はいません.属名としてあるのは「ラパトール[Rapator]*1」.ところが,「ラパトール」は意味不明な言葉です.正直な話,何語なのかもよくわかりません.しかし,よくある普及書には「ラパトール」は「略奪者」という意味だと書いてあります.これは多分,記載時の誤植(もしくは綴り間違い)だと思うのですが,「略奪者という意味だ」と書いてある普及書の著者は,なぜそうなるのか説明して欲しいですね.なお,記載時の綴りに間違いがあるなどの場合については,どうするかなどは「国際動物命名規約」に決まりがあり,それに従って処理することになっています.でも,長くなるので,ここでは説明しません.

ヒューン(von Huene,1932)が提案した「ラパトール」の標本は,単独の中足骨(中手骨という指摘もある)です.独立した学名を与えた理由は,「オルニトレーステース=ヘルマニイ[Ornitholestes hermanni ]」に,少し似ているからだとされています.でも,後の研究者で,この意見を支持する人はなく,疑わしい名前[nomen dubium]という意見が圧倒的です.
 さて,ラテン語の「ラプトル[raptor]」は,動詞の「ラピオー[rapio]=引き裂く,ひったくる;早める,急がせる;命を奪う;持ち去る;略奪する;誘惑する;吸収・同化する」からきています.
 英語の「ラプター[raptor]」は猛禽類(ワシ・タカ・フクロウなど)のことをさしますが,これは分類学用語ではありません.ワシとタカの仲間は「ワシタカ目[ FALCONIFORMES ]」で一括されますが,フクロウの仲間は「フクロウ目[STRIGIFORMES]」といって全く別のグループをつくっているからです.
 ラテン語の「ラピオー[rapio]」に似た言葉,たとえば,「レイプ[rape]=強姦(する)」,「ラピッド[rapid]=素早い」などはこのラテン語から派生したものでしょう.

 「ラプトル[raptor]」を語根に持つ恐龍名はいくつか知られています.たとえば,「コンコ・ラプトル[Concho-raptor ]*2」.これは,ラテン語の《合成前綴》「コンク・/コンコ・[Conch(o)-]=貝の,貝殻状のものの」と「ラプトル」を結びつけたもので,「貝の捕食者」=「貝を食べるもの」という意味になります.この場合,相手が貝では「強奪する」というイメージは消えてますね.模式種のC. gracilisの「グラキリス[gracilis]」は「細長い,繊細な」という意味の形容詞.属名とあわせて,「繊細なコンコラプトル」という意味.よっぽど,繊細な骨格をしているのでしょう.なお,コンコラプトルが,本当に貝を食べていたかどうかは,まだ議論の多いところです.

つぎが,「オビ・ラプトル[Ovi-raptor]」.これは,ラテン語の《合成前綴》「オーウィ・[ovi-]=卵の」を「ラプトル」と結びつけたもの.ふつう,「卵泥棒」と訳されています.《合成前綴》「オーウ/オーオ[ov(o)-]も同じ意味です.したがって,ラテン語風には「オーウィラプトル」と発音します.ついでにいうと,英語風には『オー・ヴィ・ラップ・トル』といい,「オビラプトル」では,英語圏の人には通用しません.
 模式種はO.philoceratopsが指定されており,「プィロ・ケラトゥ・オプス[philo-ceratops]」は「愛する・ケラトプス」⇒「ケラトプスを愛する」という意味.「ケラトプス」の意味は別の機会にしましょう.属名+種名あわせて,「ケラトプスを愛する卵泥棒」.この恐龍の標本は,発見された時,ある恐龍の卵が重なった巣の上に直接横たわっていたといいます.この巣の中の卵は,ケラトプス類の特徴を持っていると考えられたため,卵を狙って,まさにその瞬間という時に,砂嵐に巻き込まれ,死んで化石になったのだと考えられたのでした.
 ところが,最近の研究によると,“ケラトプス類”のものと考えられていた卵の中には,「オビラプトル」そのものの胎児が入っていたことがわかりました.つまり,オビラプトルは卵を狙っていたのではなく,砂嵐から卵と巣を守って死んだのでした.お気の毒に……

さて,別な泥棒(強盗)が「サウル・オルニト・レーステース[Saur-ornitho-lestes]*3」.
 ラテン語《合成前綴》の「サウル・[ saur- ]」=「トカゲ(形)の」+「オルニト・[ornitho-]」=「鳥の」を,「レーステース[lestes]=強盗」につけたもの.これは,別の属「サウル・オルニトゥ・オイデス[Saur-ornith-oides]」=「トカゲ,鳥に似た」によく似ていることと,その歯や鉤爪が,いかにも狂暴そうだったからということで名付けられました.模式種のS. langstoni は,「ラングストンのサウロルニトレーステース」という意味.ラングストン[Wann Langston Jr.]は,米合衆国の古生物学者で,いくつもの恐龍を記載しています.

もう一つの強盗が「サルコ・レーステース[Sarco-lestes]」.
 ラテン語《合成前綴》の「サルク・/サルコ・[sarc(o)-]」=「肉(質)の」を「レーステース」にかぶせたもの.「肉(の)強盗」でも「肉質(デブ)の強盗」でも,どちらでもいいはずですが,「肉強盗」の訳がしばしば使われています.「肉強盗」と名付ける意味は良くわかりません.なんとならば,「サルコ・レーステース」の正体は,草食の装甲恐龍で,何か勘違いがあるのではないかと思わせます.
 同じく「サルコ・[sarc(o)-]」を語根に持つ恐龍が「サルコ・サウルス[Sarco-saurus]*4」.意味は,「肉の龍(肉を好む?)」でも,「肉質(デブ)の龍」でも,どちらにもとれます.実際には肉食恐竜ですが,デブかどうかは不明.一般には「肉トカゲ」(意味不明?)と訳されています.
 同じ「肉トカゲ」という訳を持つ恐龍がもうひとつあります.それは「クレオサウルス[Creosaurus]*5」.「クレ・/クレオ・[cre(o)-]」=「肉の」を「サウルス」にかぶせたもの.こちらも肉食恐龍.昔,塀や家の土台に,臭い黒い液体をぬった.その名前が「クレオソート[creosote]」.これは「クレオ・[cre(o)-]」と「ソーテール[soter]=救助者,救い主」の合成語.「肉を保護するもの」それは「防腐剤」.

「肉食い」じゃあなくって,「トカゲ食い」と名付けられたのが,「サウロ・ファグス[Sauro-phagus]*6」.
 「サウロ」+「プァグ・[phag-]」=「食う」+「・ウス[-us]」=「・なもの」.あわせて「トカゲを食うもの」という意味になります.血液の中で,病原菌を食うのが「マクロ・ファージ[macro-phag-e]」,多食症は「ポリ・ファギア[poly-phag-ia]」,その他「食う」ことに関することは,ほとんど「プァグ・[phag-]=食う」を含んでいます.標本が,大型でなおかつ肉食であることから名付けられたのですが,問題の標本は現在では「アロサウルス=フラジリス」と同じものと考えられています.


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【ここに登場した恐龍】
Rapator Huene, 1932
【模式種】Rapator ornitholestoides Huene, 1932
【産 地】オーストラリア(前期白亜紀)
【分 類】獣脚亜目[THEROPODA]分類不詳(Molnar, 1990, p.308)
 左の第一中足骨のみの標本に基づいて提案された.オルニトレステス=ヘルマニイ[Ornitholestes hermanii ]にわずかに似ているのが理由だとされているが,疑問とする学者が多い.

Conchoraptor Barsbold, 1986
【模式種】C. gracilis Barsbold, 1986【産 地】モンゴル(後期白亜紀)
【分 類】(Barsbold, Maryanska & Osmolska, 1990, p. 250)
 THEROPODA Marsh, 1881
  OVIRAPTOROSAURIA Barsbold, 1976
   OVIRAPTORIDAE Barsbold, 1976
    OVIRAPTORINAE Barsbold, 1981
     Conchoraptor Barsbold, 1986

Oviraptor Osborn, 1924
【模式種】O. philoceratops Osborn, 1924
【産 地】モンゴル(後期白亜紀)
【分 類】(Barsbold, Maryanska & Osmolska 1990,p.250)
THEROPODA Marsh, 1881
 OVIRAPTOROSAURIA Barsbold, 1976
  OVIRAPTORIDAE Barsbold, 1976
   OVIRAPTORINAE Barsbord, 1981
    Oviraptor Osborn, 1924

Saurornitholestes Sues, 1978
【模式種】Saurornitholestes langstoni Sues, 1978
【産 地】カナダ(後期白亜紀)
【分 類】(Ostrom, 1990, p. 270)
THEROPODA Marsh, 1881
 DROMAEOSAURIDAE Matthew & Brown, 1922
  Saurornitholestes Sues, 1978

Sarcolestes Lydekker, 1893
【模式種】S. leedsi Lydekker 1893
【産 地】英国(後期ジュラ紀)
【分 類】(Coombs & Maryanska 1990,p.476)
THYREOPHORA Nopcsa 1915,
 EURYPODA Sereno 1986,
  ANKYLOSAURIA Osborn 1923,
   NODAOSAURIDAE Marsh 1890,
    Sarcolestes Lydekker 1893

Sarcosaurus Andrews, 1921
【模式種】S.woodi Andrews 1921
【産 地】英国(前期ジュラ紀)
【分 類】Tykoski & Rowe (2007, p. 50)
THEROPODA Marsh, 1881
 CERATOSAURIA Marsh, 1884
  CERATOSAURIA incertae sedis
 標本は骨盤と左の大腿骨(椎体の部分を伴う)からなるが未詳.

Creosaurus Marsh, 1878
【模式種】C. atrox Marsh, 1878
【産 地】USA(後期ジュラ紀)
【分 類】アッロサウルス・フラギリス[Allosaurus fragilis Marsh, 1877]とおなじものとみなされている(Molnar, Kurzanov and Zhiming, 1990, p. 189).

Saurophagus Ray, 1941
【模式種】S. maximus RAY, 1941
【産 地】USA(前期白亜紀)
【分 類】詳細不明
 サウロファガナックス=マキシムス[Saurophaganax maximus Chure, 1996]と同じものとみなされている(Holtz Jr., Molnar and Currie, 2007, p. 75).



*1 英語風の発音では『ラップ・パー・トル』もしくは『ルー・ペイ・トル』あるいは『ラ・ペイ・トル』
*2 英語風の発音では『コング・コ・ラップ・トル』
*3 英語圏の発音では『サウル・オル・ニス・オ・レス・ティーズ』もしくは『ソー・オル・ニ・ソー・レス・ティース』.
*4 英語圏の発音では『サール・コ・サウル・ウス』
*5 英語圏の発音では『クリー・オ・サウル・ウス』
*6 英語圏の発音では『サウ・ロフッ・ア・グス』



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