● 第1章の6 軽薄短小

今回は,前回の「重厚長大」の反対語にあたる「軽薄短小」について見てみましょう.

さすがに,「軽薄短小」な恐龍は「重厚長大」な恐龍より少ないようです.
 一般的な恐龍のイメージといえばといえば,やはり「重厚長大」なものであり,「軽薄短小」なイメージはないのが普通です.しかし,最近の研究では,恐龍のイメージはどんどん変わってきており,「すばやい」・「活発な」・「軽快な」恐龍も当たり前の様相を示しています.
 以下の命名が行われたのは,けっして最近のことではないのですが,当時の研究者には,先見の明があったのかもしれません.ただし,「小さい」に関しては,すでに知られている種の幼体だったり,小さいだけに情報不足で,その属-種の定義に疑問を呈される場合が少なくありません.

「軽い」

まずは,「軽い」から.
 軽いことを意味するギリシャ語・ラテン語には以下のようなものがあります.

「エラプロス[ ελαφρός ]」=「軽い.すばやい」
  >「エラプル・/エラプロ・[ elaphr(o)- ]」=「軽い.すばやい」(ラテン語には見当たらない)
 「アギリス[ agilis ]」=「動きやすい.すばやい.活発な」
 「レウィス[ levis ] < [ legvis ]」=「軽い.軽薄な.価値の低い.軽率な.」
  ><「レーウィス[ levis ]」=「滑らかな」<「ラエウィス[ laevis ]」

「軽い.すばやい」を意味するギリシャ語に「エラプロス[ελαφρός ]」というのがあります.これがラテン語の語根化して「エラプロ・[ elaphr(o)-]」=「軽い.すばやい」になります.この「エラプロ・」が「サウルス」と結合して「エラプロ・サウルス[ Elaphro-saurus Janensch, 1921 ]」=「軽快な龍」になります.もちろん,産出した骨格から復元される恐龍が軽くスレンダーなものだったのでしょう.

一方,ラテン語で「動きやすい.すばやい.活発な」を意味する言葉が「アギリス[ agilis ]」.これは,英語の「アジリティ[agility]」=「敏捷さ・機敏さ」の語源.
 アギリスはそのまま種名としてもちいられ,以下のものがあります.
 「ハドゥロサウルス・アギリス[ Hadrosaurus agilis Marsh, 1872 ]」=「軽快なハドゥロサウルス」,「ナノサウルス・アギリス[ Nanosaurus agilis Marsh, 1877 ]」=「軽快なナノサウルス」,「モロサウルス・アギリス[ Morosaurus agilis Marsh, 1889 ]」=「軽快なモロサウルス」,「コエルルス・アギリス[ Coelurus agilis Marsh, 1884 ]」)=「軽快なコエルルス」など.

ラテン語にはもう一つ,「軽い.軽薄な.価値の低い.軽率な」を意味する「レウィス[ levis ]」があります.このレウィスは「レグウィス[ legvis ]」が縮まったもので,「グラウィス[ gravis ]」=「重い」の反対語です.
 ところが,ラテン語には同じ綴りで「レーウィス[ levis ]」という語があり,こちらは「滑らかな」を意味します.しかも別に「ラエウィス[ laevis ]」とも綴ります.
 このラエウィスはそのまま種名として使われ,たとえば「スミロドン・ラエウィス[ Smilodon laevis Plieninger, 1846 ]」=「滑らかなスミロドン」として使われています.「スミロ[ smilo ]」はギリシャ語「スミレ[ σμίλη ]」をラテン語化したもので,「鏨(タガネ).鑿(ノミ)」をあらわし,スミロドンは「タガネ(状の)歯」の意味です.この属名「スミロドン」が提案されたのは1846年のことですが,すでにいわゆるサーベルタイガーの属名として使われていました.恐龍のほうは,すぐに別の属名に訂正されましたが,このサーベルタイガーの和名が「剣歯虎」であることは,よく知られています.だから,「滑らかなスミロドン」と訳すよりは「滑らかな剣歯」と訳しておいたほうがわかりやすいでしょう.

ラエウィを合成した属名に「ラエウィ・スークス[ Laevi-suchus Huene, 1932 ]」というのがあります.
 前例の通りに訳すると,「滑らかなワニ」という妙な意味になります.この標本はインド産の4つの脊椎骨からなっており,「滑らか」という意味はしっくり来ませんね.たぶん,レウィスとレーウィスという同じ綴りのラテン語が勘違いをまねき,「軽快なワニ」のつもりが,「滑らかなワニ」という妙な意味になってしまったものと思われます.
 もっとも,私が使用した辞典の記述が間違っていて,もともとこの単語に両義性があるということもかんがえられますので,確実な話ではありません.

同様な例がもう一つあって,「ラエウィ・」に「フローンス[ frons ]」が合成された「ラエウィ・フローンス[laevi-frons]」です.これは「ラエラプス・ラエウィフローンス[ Laelaps laevifrons Cope, 1876 ]」に使われています.こちらは,フローンス自体にも「葉の多い枝,(集合的に)葉」と「前頭.額」の二つの意味があるのですが,たぶん「 前頭.額」の意味で使われているものと思われます.というのはこの時に,同時に発見された6種の歯のそれぞれに,それぞれの歯の形から名前が付けられているからです.たとえば「厚くなった~」,「平になった~」,「鶏冠状の~」というように.
 したがって,「軽快な葉(あるいは前頭)」ではなんのことかわからないですが,「滑らかな(歯の)前部」という意味ならわかります.

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【ここに登場した恐龍】

Elaphrosaurus Janensch, 1920
【模式種】 Elaphrosaurus bambergi Janensch, 1920
【産 地】東アフリカ(後期ジュラ紀)
【分 類】Barsbold & Osmolska (1990, p. 226)
THEROPODA Marsh, 1881
 ORNITHOMIMOSAURIA Barsbold, 1976
  ORNITHOMIMOSAURIA incertae sedis
   Elaphrosaurus Janensch, 1920

Hadrosaurus agilis Marsh, 1872
【産 地】北米(後期白亜紀)
【分 類】Weishampel & Honer (1990, p. 556)
ORNITHOPODA Marsh, 1881
 HADROSAURIDAE Cope, 1869
  Claosaurus Marsh, 1890
   Claosaurus agilis (Marsh, 1890) (= Hadrosaurus agilis Marsh, 1872)

Nanosaurus agilis Marsh, 1877
【産 地】北米(後期ジュラ紀)
【分 類】Nomen dubium
 標本は不完全で部分的な骨格からなる.HYPSILOPHODONTIDAE Dollo, 1882に属するとは思われるものの,この標本は,属-種の定義に耐えない. N. agilis Marsh, 1877は模式種であり,別のNanosaurus rex Marsh, 1877が同時に記載されているが,こちらはOthniella Galton, 1977に編入されており,現在,Nanosaurus Marsh, 1877に属する種はない.

Morosaurus agilis Marsh, 1889
【産 地】北米(後期ジュラ紀)
【分 類】McIntosh (1990, p. 347)
SAUROPODOMORPHA Huene, 1932
 SAUROPODA Marsh, 1878
  CETIOSAURIDAE Lydekker, 1888
   CETIOSAURIDAE incertae sedis
    unnamed cetiosaurid (= “ Morosaurusagilis Marsh, 1889 )
 Morosaurus Marsh, 1889には複数の種が記載されているが,大部分の種はCamara-saurus Cope, 1877の同物異名とされている.しかし, Morosaurus agilis Marsh, 1889は未記載の(新)属を形成すると考えられている.

Coelurus agilis Marsh, 1884
【産 地】北米(前期白亜紀)
【分 類】Norman (1990, p. 281)
THEROPODA incertae sedis
 Coelurus Marsh, 1879
  Coelurus fragilis Marsh, 1879 (including Coelurus agilis Marsh, 1884)

Smilodon laevis Plieninger, 1846
【産 地】欧州(後期三畳紀)
【分 類】Galton (1990, p. 335)
PROSAUROPODA Huene, 1920
 PLATEOSAURIDAE Marsh, 1895
  Plateosaurus Meyer, 1837
   Plateosaurus engelhardti Meyer, 1837 (= Smilodon laevis Plieninger, 1846)
 本文で述べた通り, Smilodon Plieninger, 1846はすでに Smilodon Lund, 1842で使用されていた.そのため.Zanclodon Plieninger, 1846が提唱されたが,現在ではこれらは Plateosaurus engelhardti Meyer, 1837に含まれるとされている.

Laevisuchus Huene, 1932
【模式種】 Laevisuchus indicus Huene, 1932
【産 地】インド(後期白亜紀)
【分 類】Nomen dubium
 標本は,4つの椎骨からなる.椎骨のみでは,属-種の定義に耐えられない.”COELUROSAURS”類のものではないかと考えられている.

Laelaps laevifrons Cope, 1876
【産 地】北米(後期白亜紀)
【分 類】Nomen dubium
 標本は一個の歯のみから定義された.歯のみでは種の定義に耐えない.Laelapsの模式種 Laelaps aquilunguis Cope, 1866 はDryptosaurus の模式種に指定されたために,現在 Laelaps Cope, 1866に属する種はない.


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