「小さい」

さて,この章の最後は「小さい」.
 「小さい」ことを意味するギリシャ語・ラテン語には次のようなものがあります.

 「ミークロス[ μικρός ]」=「小さい」
   >「ミークル・/ミークロ・[ micr(o)- ]」=「小さい〜」
  「ナーノス[ νᾱνος ],ナンノス[ νάννος ]」=「小人.一寸法師」
   >「ナーヌス[ nanus ]」=「小人」
   >「ナーヌ・/ナーノ・[ nan(o)- ]」=「小人の」
  「パルウス[ parvus ]」=「小さい」
   >「ミノル[ minor ]」=「より小さい」
    >「ミニムス[ minimus ]」=「最も小さい」
   >「ミヌートゥス[ minutus ]」=「小さくなった.小さい」

 「バガ[ baga ]」=「小さい」(モンゴル語)

「大きい.長い」を意味する「マクロス[ μακρός ]」の反対語が「ミークロス[ μικρός ]」.これもラテン語の語根化して「ミークル・/ミークロ・[ micr(o)- ]」となり,「小さい」を意味します.もちろん,長さの単位の「ミークロン[ micron=μ ]」はこれが語源.

「ミークロ・」が「・サウルス」と結びついて,「ミークロ・サウルス[ Micro-saurus Hatcher, 1900 ]」=「小さな龍」.これに「目の,顔の」を意味する「・オープス[ -ops ]」が合成され,「ミークロ・サウル・オープス[ Micro-saur-ops Kuhn, 1964 ]」=「小さなトカゲの顔」になります.ただし,この属の命名の経緯からは,「オープス[ -ops ]」=「目の,顔の」の意味というよりは,「・オプシス[ -opsis ]」=「類似したもののグループ.~似.~姿.~目.~視」として使われているようです.
 「ミークロ・」はまた,「ケラトプス[ Ceratops Marsh, 1888 ]」に連続して,「ミークロ・ケラトプス[ Micro-ceratops Bohlin, 1953 ]」=「小さなケラトプス」になります.
 さらに「ミークロ・」は「ハドゥロサウルス[ Hadrosaurus Leidy, 1858 ]」にも結びついて,「ミークロ・ハドゥロサウルス[ Micro-hadrosaurus Dong, 1979 ]」=「小さなハドゥロサウルス」になります.「ハドゥロ・」自体は「厚い,強くしっかりした,よくできた」を意味しているので,多少矛盾がありますが,たぶん,ハドゥロサウルスに似てしかも小振りの標本だったのでしょう.

「ミークロ・」は「パキュケプァロサウルス[ Pachycephalosaurus Brown et Schlaikjer, 1943 ]」とも合成され,「ミークロ・パキュケプァロサウルス[ Micro-pachycephalosaurus Dong, 1978 ]」=「小さなパキュケプァロサウルス」にもなります.

さらに「ミークロ・」は「コエルス」に結びついて,「ミークロ・コエルス[ Microcoelus Lydekker, 1893 ]」=「小さなコエルス」になります.といいたい所ですが,「コエルス」という恐龍はいないので,この論法は成り立ちません.「コエルス」は「中空.腹」という意味で,背骨に小さな穴が開いていたことが由来らしいです.したがって,「小さな穴」というのが本当の意味((^^;).

「ミークロ・」は「ウェーナートル[ venator ]」に結びついて「小さなウェーナートル」になる.といいたい所ですが,「ウェーナートル」という恐龍もいないので,この論法も成り立たない(しつこいな.(^^;).「ウェーナートル」は「狩人.探究者」という意味で,小型ではあるが素早いハンターである「コエルルス類[ Coelurids ]」に似ている所からつけられたようです.

「ミークロ」もしくは「マイクロ[ micro ]」は単位につけられて,10-6つまり百万分の一を示す言葉でもあります.さて,同様に10-9つまり十億分の一を表す言葉が「ナノ・[ nano- ]」.ナノはもともと「小人.一寸法師」を意味するギリシャ語「ナーノス[ νᾱνος ]」がラテン語の「ナーヌス[ nanus ]」=「小人」に変わり,語根化して「ナーノ・[ nan(o)- ]」になったもの.
 「ナーノ・」は「・サウルス」と結びついて,「ナーノ・サウルス[ Nano-saurus Marsh, 1877 ]」=「小人龍」になります.また,「支配者.独裁者」を意味する「テュラッヌス[ tyrannus ]」にも結びついて「ナーノ・テュラッヌス[ Nano-tyrannus Bakker, Currie et William, 1988 ]」=「小暴君」になります(ナノ・チラヌスではありませんよ).ギリシャ語の「ナーノス」には別綴りの「ナンノス[ νάννος] 」もあり,これを語源として英語では「ナンノ・[ nanno- ]」と綴られるあるわけです.

ラテン語の「パルウス[ parvus ]」も「小さい」を意味します.
 「パルウス」の比較級が「ミノル[ minor ]」=「より小さい」,最上級が「ミニムス[ minimus ]」=「最も小さい」になります.
 「パルウス」をそのまま種名に使っているのが「エロサウルス・パルウス[ Elosaurus parvus Peterson et Gilmore, 1902 ]」=「小さいエロサウルス」.

「ミノル」は形容詞だけに,これをそのまま種名に使っているのものがたくさんあり,「ハドゥロサウルス・ミノル[ Hadrosaurus minor Marsh, 1870 ]」=「より小さいハドゥロサウルス」,「テラトサウルス・ミノル[ Teratosaurus minor Huene, 1908 ]」=「より小さいテラトサウルス」,「テーコドントサウルス・ミノル[ Thecodontosaurus minor Haughton, 1918 ]」=「より小さいテーコドントサウルス」など.

「ミニムス」もそのまま種名に使っているものが多く,「ラオサウルス・ミニムス[ Laosaurus minumus Gilmore, 1924 ]」=「最も小さいラオサウルス」,「アパトサウルス・ミニムス[ Apatosaurus minimus Mook, 1971 ]」=「最も小さいアパトサウルス」など.

「ミヌートゥス[ minutus ]」は「小さくなった.小さい」を意味し,これもそのまま種名として使われ,「オルニトミームス・ミヌートゥス[ Ornithomimus minutus Marsh, 1892 ]」=「小さくなったオルニトミームス」があります.

さて,「小さなケラトプス」という意味の「バガ・ケラトプス[ Baga-ceratops Maryanska et Osmolska, 1975 ]」という恐龍がいます.「バガ」はギリシャ語でもラテン語でもなく,モンゴルの言葉だといいます.モンゴルではどういう発音をするのかは判りませんが,多分,「baga」はその発音をなぞったものなのでしょう.もちろん,この恐龍はモンゴルで発見されたものでした.

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【ここに登場した恐龍】

Microsaurus Hatcher, 1900
【模式種】不詳
【産 地】南米(後期白亜紀)
【分 類】不詳
 南米の上部白亜系から発見された標本を,Lull (1910)が“異様に小さいタイプ”として引用している.Kuhn は Microsaurusはすでに別の動物(多分,昆虫類)に使われているとして,Microsaurops Kuhn, 1964を提唱した.しかし,その(属としての)有効性については疑問視している.現在では引用されているのを見かけない.

Microsaurops Kuhn, 1964
【模式種】同上
【産 地】同上
【分 類】同上

Microceratops Bohlin, 1953
【模式種】 Microceratops gobiensis Bohlin, 1953
【産 地】東アジア(後期白亜紀)
【分 類】Dodson & Currie (1990, p. 611)
CERATOPSIA Marsh, 1890
 NEOCERATOPSIA Sereno, 1986
  PROTOCERATOPSIDAE Granger et Gregory, 1923
   Microceratops Bohlin, 1953

Microcoelus Lydekker, 1893
【模式種】 Microcoeluspatagonicus Lydekker, 1893
【産 地】南米(後期白亜紀)
【分 類】McIntosh (1990, p. 351)
SAUROPODOMORPHA Huene, 1932
 SAUROPODA Marsh, 1878
  TITANOSAURIDAE Lydekker, 1885
   Saltasaurus Bonaparte et Powell, 1980
    Saltasaurus australis (Lydekker, 1893)
 標本は,一個の胴椎からなる.同じ発掘地から,尾椎や小さな上腕骨を伴っている. Lydekker (1893)は同時にTitanosaurus australis Lydekker, 1893も記載しているが,現在では,二つとも同物異名であり,これらは Saltasaurus Bonaparte et Powell, 1980に属し, Saltasaurus australis (Lydekker, 1893)とされている.

Microhadrosaurus Dong, 1979
【模式種】 Microhadrosaurus nanshiungensis Dong, 1979
【産 地】中国(後期白亜紀)
【分 類】Nomen dubium
 標本は歯のついた歯骨.この標本では属-種の定義に耐えない.

Micropachycephalosaurus Dong, 1978
【模式種】 Micropachycephalosaurus hongtuyanensis Dong, 1978
【産 地】中国(後期白亜紀)
【分 類】Maryanska (1990, p. 566)
PACHYCEPHALOSAURIA Maryanska et Osmolska, 1974
 PACHYCEPHALOSAURIA incertae sedis
  Micropachycephalosaurus Dong, 1978

Microvenator Ostrom, 1970
【模式種】 Microvenator celer Ostrom, 1970
【産 地】北米(前期白亜紀)
【分 類】不詳
 Norman (1990, p. 282)では,Problematic Theropoda: “Coelurosaurs”としてまとめられた中の Provisionally Theropoda Incertae sedisとされていた.Osmolska, Currie & Barsbold (2004, p.167) ではOVIRAPTOROSAURIA Barsbold, 1976という新しい分類群の中でpossible oviraptorosaurianとしてあげられている.何れにしても,分類困難な種であるらしく,これからの研究の進展が待たれる.

Nanosaurus Marsh, 1877
【模式種】 Nanosaurus agilis Marsh, 1877
【産 地】北米(後期ジュラ紀)
【分 類】不詳
 Sue & Norman (1990, p. 500)は,
  ORNITHOPODA Marsh, 1881
   HYPSILOPHODONTIDAE nomina dubia
としている.標本は大変小さなもので砂岩にレリーフ状に残されているらしい.したがって,骨格の形状に関する情報が乏しく,分類が困難であるらしい.

Nanotyrannus Bakker, Currie et William, 1988
【模式種】 Nanotyrannus lancensis Bakker, Currie et William, 1988
【産 地】北米(後期白亜紀)
【分 類】Molnar, Kurzanov & Zhiming (1990, p. 190)
THEROPODA Marsh, 1881
 CARNOSAURIA Huene, 1920
  TYRANNOSAURIDAE Osborn, 1905
   Nanotyrannus Bakker, Currie et William, 1988

Elosaurus parvus Peterson et Gilmore, 1902
【産地】北米(後期ジュラ紀)
【分類】McIntosh (1990, p. 349)
SAUROPODOMORPHA Huene, 1932
 SAUROPODA Marsh, 1878
  DIPLODOCIDAE Marsh, 1884
   DIPLODOCINAE Janensch, 1929
    Apatosaurus Marsh, 1877
     Apatosaurus excelsus Marsh, 1877
 標本は不完全な体の各部分よりなる.しかも,幼体と考えられている.当初は,新属新種を形成すると考えられていたが,現在では, Apatosaurus excelsus Marsh, 1877の幼体と判断されている.

Hadrosaurus minor Marsh, 1870
【産地】北米(後期白亜紀)
【分類】下記
 標本は,いくつかの胴椎と腰椎からなる. Marsh (1870)が記載した標本はnomina dubiaと見なされるが,Colbert (1948)が Hadrosaurus minorとして記載した標本は,未知のedmontosaurと考えられている.

Teratosaurus minor Huene, 1908
【産地】欧州(後期三畳紀)
【分類】Galton (1990, p. 335)
PROSAUROPODA Huene, 1920
 PLATEOSAURIDAE Marsh, 1895
  Sellosaurus Huene, 1907-08
   Sellosaurus gracilis Huene, 1907-08
 標本は,三つの胴椎,恥骨,大腿骨,右手骨などからなる.ほかにも同種に属すると思われるバラバラの標本が多産している.これらは,現在, Sellosaurus gracilis Huene, 1907-08の同物異名と見なされている.

Thecodontosaurus minor Haughton, 1918
【産地】南アフリカ(後期三畳紀)
【分類】Nomen dubium
 標本は,頸椎,脛骨,座骨の部分からなる.これらの標本では新種を形成するとは考えられていない.

Laosaurus minumus Gilmore, 1924
【産地】北米(後期白亜紀)
【分類】Nomen dubium
 標本は,後肢の一部,いくつかの椎体からなる.これらは種を形成するとは考えられていない.

Apatosaurus minimus Mook, 1971
【産地】北米(後期ジュラ紀)
【分類】McIntosh (1990, p. 347)
SAUROPODOMORPHA Huene, 1932
 SAUROPODA Marsh, 1878
  CETIOSAURIDAE Lydekker, 1888
   CETIOSAURIDAE incertae sedis
    unnamed cetiosaurid (= “ Apatosaurusminimus Mook, 1917 )

Ornithomimus minutus Marsh, 1892
【産地】北米(後期白亜紀)
【分類】Nomen dubium
 標本は,中足骨の一部からなる.この標本では,属-種の定義に耐えない.

Bagaceratops Maryanska et Osmolska, 1975
【模式種】 Bagaceratops rozhdestvenskyi Maryanska et Osmolska, 1975
【産 地】モンゴル(後期白亜紀)
【分 類】Dodson & Currie (1990, p. 611)
CERATOPSIA Marsh, 1890
 NEOCERATOPSIA Sereno, 1986
  PROTOCERATOPSIDAE Granger et Gregory, 1923
   Bagaceratops Maryanska et Osmolska, 1975


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