●第1章の7 多少のことは

「重厚長大」,「軽薄短小」ときましたので,今回は「多い」と「少ない」から.

「多い」

「多い」ことを意味するギリシャ語・ラテン語には,次のようなものがあります.

 「ポリュス[ πολύς ]」=「多くの」
    >「ポリュ・[ poly- ]」=「多くの」

 「ポリュス[ πολύς ]」=「多くの」
    >「プレイオーン[ πλείων ]」=「より多くの」
     >「プレイストス[ πλειστος ]」=「最も多い」

 「プレイオーン[ πλείων ]」=「より多くの」
    >「プレイ・/プレイオ・[ plei(o)- ]」=「(より)多くの.過多-」
   (上記別綴り)「プレ・/プレオ・[ ple(o)- ]」=「(より)多くの.過多-」

 「プレイストス[ πλειστος ]」=「最も多い」

 「ラルグス[ largus ]」=「豊かな.大きな.多くの」

 「ムルタス[ multus ]」=「多くの」
    >「プルーレース[ plures ]」=「より多くの」
     >「プーリムス[ phurimus ]」=「最も多くの」
  「ムルティ・[ mult(i)- ]」=「多くの」

ギリシャ語の「ポリュス [ πολύς ]」=「多くの」という言葉が,ラテン語の語根化して「ポリュ・[ poly- ]」になります.この「ポリュ・」に「〜歯」を意味する「・オドン[ -odon ]」を合成して,「ポリュ・オドン[ poly-odon ]」=「多くの歯」という意味になります.この「ポリュオドン」を種名にしているのが「ペレカニミームス・ポリュオドン[ Pelecanimimus polyodon Perez-Moreno et al., 1994]」.意味は「多くの歯(を持つ)ペレカニミームス」.種名が形容詞形ではないので,訳が不自然ですが….
 さて,この「ポリュ・」に「歯のある」を意味する語根「オドントゥ・/オドント・[ odont(o)- ]」と「・サウルス」を合成して,「ポリュ・オドント・サウルス[ Poly-odonto-saurus Gilmore, 1932 ]」=「たくさんの歯を備えた龍(=多歯龍)」という属名になります.
 きっと,たくさんの歯を持った恐龍だったのでしょう.

もう一つ.「ポリュ・」をつかった属名に「ポリュ・オナックス[ Poly-onax Cope, 1874]」があります.これはギリシャ語の「アナックス[ αναξ ]」=「王」をラテン語化して,合成されたものといわれています.本来は「ポリュ・アナックス[ poly-anax ]」のはずですが,なぜか,「ポリュ・オナックス[ Poly-onax ]」になっています.

さて,「熱心,渇望.嫉妬」を意味するギリシャ語の「ゼロス[ ζήλος ]」はラテン語になって「ゼールス[ zelus ]」.これは英語の「ジール[ zeal ]」=「熱心,熱中.熱意」の語源.一方,ラテン語の「ゼールス」はフランス語に変わって「嫉妬」に意味が強くなり,フランス語から英語に変わって「ジェロス[ jealous ]」=「嫉妬深い.疑い深い」になになりました.この名詞はもちろん「ジェラシー[ jealousy ]」=「嫉妬.警戒心」.
 で,「ポリュ・」と「ゼールス」が合成されて「ポリュ・ゼールス[ poly-zelus ]」=「たくさんの嫉妬(=嫉妬深いこと?)」になり,「メガダクテュルス・ポリュゼールス[ Megadactylus polyzelus Hitchcock, 1865 ]」=「たくさんの嫉妬(を持つ)メガダクテュルス」に使われています.ちょっと,意味を理解しかねますけどね((^^;).

さて,「多くの」を意味するギリシャ語の「ポリュス[ πολύς ]」.これの比較級が「より多くの」=「プレイオーン[ πλείων ]」で,さらに最上級の「最も多い」=「プレイストス[ πλειστος ]」になります.
 比較級の「プレイオーン」はラテン語の語根化して「プレイ・/プレイオ・[plei(o)- ]」=「(より)多くの.過多-」,もしくは別綴りで「プレ・/プレオ・[ple(o)- ]」になります.また,最上級の「プレイストス[ πλειστος ]」も語根化しますが,これらの言葉を使う恐龍はまだ現れていません.
 しかし,これらは地質学的には非常に重要な言葉に使われています.

19世紀の初めころ,現代地質学が誕生したと言われているころの話です.
 イギリスのライエル[ Lyell, Sir Charles ]が新生代の地層を分類し,地層の中に含まれる化石貝類の中で現在も生きている貝類の割合を基準に,三つの時代を区分しました.「エーオース[ ηώς ]」=「朝焼け.曙光」の時代.「メイオーン[ μείων ]」=「より少ない」の時代.そして,「プレイオーン[ πλείων ]」=「より多くの」時代です.最初の時代の語源は別として,後の二つの時代には現生種が少ないか多いかをよくあらわしていると思います.
 そして,それぞれ「エオシーン[ Eocene ]」,「マイオシーン[ Miocene ]」,「プライオシーン[ Pliocene ]」と名づけられました.「エオシーン」はいいとして,後の二つは「メイオシーン[ Meiocene ]」,「プレイオシーン[ Pleiocene ]」(もしくは別綴りで「プレオシーン[ Pleocene]」)になるべきです.しかし,理由は不明ですが,とにかくそうなっています.なお,「プレイオシーン[ Pleiocene ]」は「プリオシーン[ Pliocene ]」と綴ることもあり,今ではこちらの方が一般的になっていますね.
 「プライオイシーン」は前期・後期の二つに分けられていて,のちに,後期プライオシーンは「プライストシーン[ Pleistocene ]」に改められました.これはもちろん,「最も多い」を意味する「プレイストス[ πλειστος ]」が語源です.

その後,「パレオシーン[ Paleocene ]」がエオシーンの前に,エオシーンとマイオシーンの間に「オリゴシーン[ Oligocene ]」が,プライストシーンの後に「ホロシーン[ Holocene ]」が付け加えられ,現在使われている新生代の各時代がそろいました.
 パレオシーンは「パライオス[ παλαιός ]」=「古い」が語源で,「朝焼け.曙光」の時代より古いことをあらわし,オリゴシーンは「オリゴス[ ολίγος ]」=「少ない」が語源,ホロシーンは「ホロス[ ολος ]」=「全体の.完全な」が語源です.
 これらの時代名は,すべてがそろってから,明治になって日本に輸入されました.そして,パレオシーンには「暁新世」,エオシーンには「始新世」,オリゴシ-ンには「漸新世」,マイオシーンには「中新世」,プライオシーンには「鮮新世」,プライストシーンには「更新世」,ホロシーンには「完新世」の訳語があたえられたわけです.原語と訳語は必ずしも意味的に一致していません.

なお,語尾の「・シーン[-cene]」は「カイノス[ καινος ]」=「新しい.新鮮な」が語源だとしばしばいわれています.しかし,カイノスのラテン語語根は「カイン・/カイノ・[ cain(o)- ]」もしくは「カエン・/カエノ・[ caen(o)- ]」であり,どこをどう経由したら「・シーン[ -cene ]」になるのかは見当もつきません.納得できるような説明がなされている辞典その他も見当たらないので,なにか間違いがあるような気もします.

「新生代(界)」は「ケノゾイック・エラ(エラセム)[ Cenozoic era (erathem)]」の訳語です.これは,まれに「カイノゾイック[ Cainozoic ]」と綴られている場合もあり,こちらの方は納得できます.「ケン・/ケノ・[ cen(o)- ]」は「ケノス[ κενός ]」=「空(から)の」を語源とする「空洞の」という語根もあるので,「新しい」という意味での使用はやめた方がいいと思うのですが,みんなが使っているのでどうしようもありませんね.

ラテン語の「ラルグス[ largus ]」は「豊かな.大きな.多くの」という意味を持ちます.形容詞ですので,そのまま種名として使われており,「コエルロイデース・ラルグス[ Coeluroides largus Huene, 1932 ]」=「多くのコエルロイデース(?)」があります.しかし,この例では「豊かな,大きな」と訳しておくほうが無難かもしれませんね.

ラテン語にはもう一つ,「多くの」を意味する言葉があります.それは「ムルタス[ multus ]」=「多くの」です.これが語根化して,「ムルティ・[ mult(i)- ]」=「多くの」になり,これはもちろん英語の「マルチ・[multi-]」に取り入れられています.
 このムルティが「デーンス[ dens ]」=「歯」と結びついて,「ムルティ・デーンス [multi-dens ]」=「多歯」.「複合歯」という方が格好いいでしょうか.これは「アアケノサウルス・ムルティデーンス[ Aachenosaurus multidens Smets, 1888]」に使われています.

ちょっと戻って,「ムルタス[ multus ]」=「多くの」には,比較級の「プルーレース[ plures ]」=「より多くの」と,「プーリムス[ phurimus ]」=「最も多くの」がありますが,こちらを使った恐龍はまだ登場していないようです.

「少ない」

「多い」の反対語である「少ない」ことを意味するギリシャ語・ラテン語には次のようなものがあるのですが,恐龍に使われている言葉は「驚くほど」というか,「予想通り」というか,「少ない」です((^^;).
 わかっている限りでは,ギリシャ語の「オリゴス[ολίγος]」のみです.

 「オリゴス[ ολίγος ]」=「少ない」
  「オリゴ・[ olig(o)- ]」=「わずかの.僅少の」

 「パウロス[ παυρος ]」=「少しの,小さい」
    >「パウルルス[ paurulus ]」=「少ない.小さい」
    >「パウルス[ paulus ]」= paurulusの縮合語
    >「パウル・/パウロ・[ paur(o)- ]」=「少しの」
    >「パウクス[ paucus ]」=「僅かの」
    >「パウクシッルルス[ pauxillulus ]」= paucusの縮小語
    >「パウチ[ pauc(i)- ]」 =「僅かの」

さて,「多い」の反対語の「少ない」を意味するギリシャ語は「オリゴス[ ολίγος ]」といいます.
 これがラテン語の語根化して「オリグ・/オリゴ・[ olig(o)- ]」=「わずかの.僅少の」になります.新生代の中の一時代である「漸新世」=「オリゴシーン[ oligocene ]」は日本語と原語の意味に若干のズレがありますね.「オリゴ・」がサウルスに結びついて,「オリゴサウルス[ Oligosaurus Seeley, 1881 ]」=「少ない龍」.標本から復元できるこの恐龍の大きさが「小さかった」からだといいますが,「小さい」と「少ない」は意味が違うと思いますがね.
 ギリシャ語・ラテン語には上記のようにたくさんの「少ない.小さい」を意味する言葉がありますが,これらを使った恐龍名は見当たりませんでした.

 

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【ここに登場した恐龍】

Pelecanimimus polyodon Perez-Moreno, Sanz, Buscalioni, Moratalla, Ortega et Rasskin-Gutman, 1994
【産 地】欧州(前期白亜紀)
【分 類】Makovicky, Kobayashi & Currie (2007, p. 138)
THEROPODA Marsh, 1881
 MANIRAPTORIFORMES Holtz, 1996
  ORNITHOMIMOSAURIA Barsbold, 1976
   Pelecanimimus Perez-Moreno, Sanz, Buscalioni, Moratalla, Ortega et Rasskin-Gutman, 1994

Polyodontosaurus Gilmore, 1932
【模式種】 Polyodontosaurus grandis Gilmore, 1932
【産 地】北米(後期白亜紀)
【分 類】Osmolska & Barsbold (1990, p. 260)
THEROPODA Marsh, 1881
 TROODONTIDAE Gilmore, 1924
  Troodon Leidy, 1856
   Troodon formosus Leidy, 1856
 標本は,歯を欠いた不完全な下顎枝からなる.これには35の密接した歯槽があったという.原著者のGilmore (1932)はトカゲ類と考えたが,Romer (1956)によって獣脚類[THEROPODA]に分類された.現在では, Troodon formosus Leidy, 1856に属する標本であるとされている.

Polyonax mortuarius COPE, 1874
【産 地】北米(不詳)
【分 類】nomen dubium
 標本は,角の破片,椎体などからなる.角の破片から,ceratopsiansと考えられているが,この標本では属-種の定義に耐えない.

Megadactylus polyzelus Hitchcock, 1865
【産 地】北米(後期三畳紀)
【分 類】Galton (1990, p. 335)
PROSAUROPODA Huene, 1920
 ANCHISAURIDAE Marsh, 1885
  Anchisaurus Marsh, 1885
   Anchisaurus polyzelus (Hitchcock, 1865)
 標本は,胸腰椎・尾椎・左前肢・左後肢などからなる.
 Hitchcock はこれを新属Megadactylus Hitchcock, 1865の模式標本とした.Marsh (1877)はMegadactylus Fitzinger, 1843がすでに使用されていることを指摘し,これにAmphisaurus Marsh, 1877を提案した.ところが,これも既にAmphisaurus Barkas, 1870として使用されていたので,Marsh は再度,Anchisaurus Marsh, 1885を提案した.のちに,Huene (1932)は, Anchisaurus polyzelus (Hitchcock, 1865)をThecodontosaurus Riley et Stutchbury, 1836であるとしたが,現在では,両者は別の属(科)を形成すると考えられ, Anchisaurus polyzelus (Hitchcock, 1865)が定着した.

Coeluroides largus Huene, 1932
【産 地】インド(後期白亜紀)
【分 類】nomen dubium
 標本は,三つの胴椎からなる.胴椎のみでは,属-種の定義に耐えない.

Aachenosaurus multidens Smets, 1888
【産 地】欧州(不詳:Aix-la-Chapelle Sandsと記載)
【分 類】不詳
 Smets (1888)によれば,標本は右歯骨と冠状骨の部分であるとされ,ハドロサウルス類[hadrosaurian]のものであるとされた.しかし,Dollo (1888)によれば,この標本は石化した樹幹(珪化木?)であり,恐龍のものとはされていない.

Oligosaurus Seeley, 1881
【模式種】 Oligosaurus adelus Seeley, 1881
【産 地】欧州(後期白亜紀)
【分 類】Norman (2007, p. 414)
ORNITHOPODA Marsh, 1881
 IGUANODONTIA Sereno, 1986
  Rhabdodon Matheron, 1869
   Rhabdodon priscus Matheron, 1869
 標本はBunzel (1871)によって,トカゲの右上腕骨とされたもの.これは,Seeley (1881)によって,恐龍の骨であると認定され, Oligosaurus Seeley, 1881と命名された.しかし,現在では原始的なイグアノドン類であるとされている.


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