目次 前へ 次へ

蝦夷地質学の伍(1) 榎本武揚

テクノクラート

テクノクラート[ technocrat]:政治経済や科学技術について高度の専門的知識をもつ行政官・管理者.技術官僚.テクノクラット.(三省堂「大辞林」より)

最近の科学史の分野では,榎本武揚に対する再評価がさかんで,しばしば見るキャッチフレーズが「日本最初のテクノクラート」だ.
これにはいくつかの点でクレームを付けなければならないと思う.

榎本を描いた小説で使われるもう一つのキャッチフレーズが「二君に仕えた奇跡の人材」・「人生を二度生きる」・「幕末・明治,二度輝いた男」などの榎本の二面性*1に注意を払っている.一度目が幕臣として官軍*2と戦った男として,二度目が明治政府の重要人物として活躍した.この後半生を称して「テクノクラート」というわけだ.

われわれ地質屋の目から見れば,榎本は二度ではなく,三度生きている.

政界に入る前の榎本は,技術屋であり地質屋であった.テクノクラートではなく,“コンサル=マン”*3でありジオロジスト*4だった.箱館戦争で敗北した榎本は表舞台に出ることなく,蝦夷地開発の礎であろうとしていたのだ.それがなぜ政界に転出したのかは,最後の節で考えることにしよう.

もひとつ.
 多くの歴史家にとって,日本の近代化は明治以降のことであって,江戸時代は封建制社会だ.近代化の芽生え*5などあるはずがない.ところが,すでに示してきたように,幕末には日本の近代化は始まっていた.その代表には,確かに榎本武揚があげられるだろう.しかし,もちろん,榎本は「最初」ではない.前章,武田斐三郎の「熔鉱炉再び」で少し触れたが,伊豆韮山の反射炉を作った代官・江川太郎左衛門英龍=江川坦庵*6は,あきらかに榎本以前のテクノクラートである.日本で最初といわれる佐賀藩の反射炉のノウハウは江川坦庵が提供したものといわれるが,佐賀藩主・鍋島正直も西洋技術に詳しい政治家であった.そのほかにも政治はかかわらなかったが,日本の近代化に力を尽くした科学者・技術者*7はたくさんいた.彼らをここで紹介しないのは,「蝦夷地質学」の範疇にいれるのが難しいからにすぎない(ホントはわたしの視野が狭いのと,筆力がないからです).
 さて,それでは榎本の地質学について,少し検討してみたいと思う.


蝦夷地質学の五(2)へ続く




*1 二面性:
 もともとは,福沢諭吉が唱えた「やせ我慢の説」で,勝海舟や榎本武揚らを揶揄したのが始まりだと思う.つまり,諭吉は江戸から明治へと時代が変わったにもかかわらず,海舟や武揚が引き続き政界で活躍しているのが気に入らなかったらしい.
 榎本のこの二面性は日本人一般の感覚とは合わないところがあるのか,榎本は長い間不当に低く評価されてきた.一方で諭吉に批判されたもう一人の海舟は異様に人気が高い.しかし,歴史をよく知る人たちの間では,海舟は口がうまいだけではなく,相当に悪質だという評価がある.
 本文で引用したキャッチフレーズは,童門冬二「小説 榎本武揚=二君に仕えた奇跡の人材=」(祥伝社刊),同じく童門冬二「小説 榎本武揚=人生を二度生きる=」(祥伝社刊),満坂太郎「榎本武揚=幕末・明治,二度輝いた男=」(PHP研究所刊)による.なお,童門冬二の二つの小説は同じ内容であるから,購入の際には注意が必要.
 個人的には,これらの小説は子母沢寛「行きゆきて峠あり」の焼き直しのような気がして,どうせ読むならこちらと思う.ただし,こちらの小説は未完であり榎本の第二・第三の人生は出てこない.作者は最後の行で「この牢の人達のためにも,遠からず天地は開明する.作者はそれを書く日を楽しんでいる」と終わっている.

*2 官軍:
 この時代の動きを調べていると.教科書では“官軍”と習ったのだが,これが疑問に思えてくる.榎本が闘った相手は,どう考えても「薩長公卿連合軍」にすぎない.国際感覚も皆無だし,新時代を創りだす気持ちもない.あるのは徳川への復讐心だけ.「五カ条の御誓文」と明治政府のやったことの矛盾もこのあたりに原因があるのだろうと思う.

*3 “コンサル=マン”:
 榎本の鉱山などの調査報告書を見ると,地質の状況や鉱石(石炭)の分析だけではなく,企業化に必要な資材やその購入費用,人夫や監督者の給料などや現地での生活にかかる経費まで細かに計算されており,現代でもコンサルタント=マンとして活躍できそうだ.

*4 ジオロジスト [geologist] :
 ジオロジストは通常「地質学者」と訳されている.地質屋は自分のことを「学者」というのは好まないらしく,ジオロジャー[geologer]なる造語をつくって,「地質屋」ないしは「地質技術者」と訳す.うらには,ジオロジャーは比較級で,ジオロジストは最上級というジョークが含まれている.

*5 近代化の芽生え:
 調べれば調べるほど,明治維新がなぜ起きたのかわからなくなる.明治維新は江戸幕府内の開明派と旧守派の争いではなく,むしろ開明派が増え出した江戸幕府とむしろ旧守派といえる薩長公卿連合との争いだった.しかも,勝ったのは尊王「攘夷」の旧守派.これでどうして日本の近代化ができたのか.明治維新には謎がたくさんある.

*6 江川坦庵:
 最近,江川英龍ほかの業績を紹介する本がでた.佐々木譲「幕臣たちと技術立国=江川英龍・中嶋三郎助・榎本武揚が追った夢」(集英社)である.この本には三人の幕臣たちが紹介されている.作者は江川らの幕臣が不当に過小評価されていると嘆いている.わたしもそう思う.仲田正之「江川坦庵」(吉川弘文館)によれば,江川坦庵は戦前には学校の教科書にでているほどのポピュラーな人物だったそうだ.それが,太平洋戦争の敗戦によって,国防意識の先駆者であるがゆえに,教科書から姿を消したのだそうだ.歴史は勝ったものが創るもので,過去の事実の記載ではないような.明治維新もそうなのかな?

*7 日本の近代化に力を尽くした科学者・技術者:
 こういうものを網羅した本は,ほとんどない.あえてあげるとすれば,みなもと太郎の「風雲児たち」(^^;.こんな漫画は,ほかに見たことがない.ここには刀を振り回す英雄たちではなく,たくさんの有名・無名の科学者・技術者が出てきます.なお,大変な長編なので,そのつもりで.まだ未完です.

 著者について  著作権について

 Copyright (C) 2003 地学団体研究会北海道支部 All Right Reserved.