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蝦夷地質学の六(1) ライマン(Benjamin Smith Lyman)

日本蝦夷地質要略之図

ライマン*1といえば,日本最初の総合地質図「日本蝦夷地質要略之図」*2のディレクターとして知られている.

“総合”という意味はわかりにくいが,日本最初の地質図といわれるブレイクの「口蝦夷地質図」やパンペリーの「南蝦夷地質図」がルート・マップに近いことや,時代論や地層の上下関係の記載が希薄だったことを考えれば,北海道全体における地質分布の概略を押さえた点,それらの相対的な上下関係について押さえた点を「初めての“総合”地質図」と表現されているのだろう.
 しかし,これは「初めての“総合”地質図」であったがゆえに,後に「酷評」を受けている.このことについては後で示そう.また,「初めての“総合”地質図」という業績の陰に隠れて,いくつかの重要な業績が霞んでしまっている.
 ひとつは,たくさんの精密な地域地質図が残されているはずなのに,これらが評価されていない.地質屋であっても,ほとんどの人はそれを見たこともないことだろう.
 

もうひとつは,この精密な地質図の作成に,多くの開拓使仮学校の生徒たちが関わり,たくさんの地質技術者たちが育て上げられたことだ.「日本蝦夷地質要略之図」には,学生であった彼らの名が記されている.彼らはもちろん,その後,日本の近代化に大きな貢献をした.ここで忘れてはならないのが,開拓使仮学校は札幌農学校の前身であり,札幌農学校は北海道帝国大学の前身であることである.つまり,ライマンはクラーク博士よりはるか前の北海道大学の恩人であり,北海道教育界の恩人なのだ.

ライマンに関する資料は多い.しかし,いずれも気軽に読める性質のものでないのが残念だ.以下に紹介しよう.
 1937(昭和十二)年に,桑田權平氏が「來曼先生小傳」を著している.著者は,ライマンの学生の一人,桑田智明氏の甥である.同氏によって英語版の「 Biography of Benjamin Smith Lyman 」が同時に著されているが,どちらももう入手できるものではない.
 今井功氏 *3 による「黎明期の日本地質学」(1968)はライマンについて一章を設けている.これにはライマンの業績が網羅されているが,簡潔すぎて物足りない.すでに絶版で入手は不可能である.
 地質学的な意味での評価は,松井愈(北海道大学名誉教授)氏が「歴史家」(創刊号)に「ライマン(B. S. Lyman)と北海道の炭礦=北海道の炭礦を主にする地質学史の考察:その一=」においておこなっている.
 マサチューセッツ大学図書館のライマン・コレクションの中から,副見恭子氏が「ライマン雑記」として「地質ニュース」(産業技術総合研究所;旧地質調査所)に連載している.単行本として刊行してくれないかと思うが,まだ連載中である.
 1995年に北海道開拓記念館で「ライマン・コレクション展」が開かれ,その特別展示目録が発行されている.これには展示資料のリストのほかに,著作目録や関係文献のリストが載せられており,大変にありがたい.が,ほとんどの文献資料は見ることすら不可能なものばかりだ.


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*1 ライマン(Benjamin Smith Lyman)
 日本名「邊治文,士蔑治,來曼」を名乗る. 1835年12月11日生まれ,1920年8月30日没.
 米国マサチューセッツ州ノーサンプトンの名家に生まれる.ハーバード大学を卒業後,フランスはパリ鉱山学校やドイツのフライベルグ鉱山学校で学ぶ.米国に戻り,各地の炭田地質調査に従事した.この間,伯父のレスレー(J. P. Resley)と共に石炭層の地下埋蔵状態を把握するために「地下等深線法」を編みだした.この「地下等深線法」はライマン調査隊による北海道内の炭田調査でも多用されており,以後の鉱山会社による炭田地質調査では,当たり前のように使用された方法である.
 北海道開拓使に招聘され,道内の地下資源を調査する傍ら,北海道全体の地質の把握に努めた.さらに,開拓使仮学校に在籍する学生たちを,調査助手として実地指導し,技術者養成に努めた.この仮学校は1875(明治八)年に札幌農学校となり,クラーク博士がまねかれて校長となった.この札幌農学校が北海道大学の前身であることはいうまでもないが,その前身である仮学校当時から,地質学が主たる学問であり,その指導者がライマンであったことは,ほとんど評価されていない.

*2 「日本蝦夷地質要略之図」:
 北海道大学図書館の「北方資料高精細画像電子展示」で,公開されている.

*3 今井功氏:
 昨年(2006)三月に亡くなられた.私が地質学史に興味を持って,独学でやっている時に「地質学史懇話会」に入会することを勧めてくださった.いま,こうして「蝦夷地質学」を書くためにネタ探しをしていても,あちこちに今井氏の足跡がある.直接のおつき合いはなかったが,感謝に堪えない.ご冥福をお祈りします.

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