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おわりに

「蝦夷地質学」では,日本地質学の萌芽みたいなことと,それにかかわった人を紹介しましたが,「外伝」の方は,そういう範疇には入らない,雑多なものを歴史的にならべてみました.

蝦夷という不思議な地域に,内地(いまでも,北海道在住の古い人たちはこう呼ぶ)の注目が集まったのは,ずいぶん古いことで,それは「黄金伝説」が始まりでした.
 夢や自由や富を求めて,さまざまな人たちがやってきました.かれらは,幾分かの夢や自由や富をつかんだのかも知れません.それは,歴史の中に埋もれてしまい,わずかな部分しか,わかっていません.
 辺境としての蝦夷地は,夢や富を求める和人が入り込んでくるほど,アイヌとの軋轢を産みだしていきました.やがて,アイヌは和人の支配下に封じ込められてしまいました.

一方世界では,欧州列強はアジアの植民地支配を強化し,ロシアはシベリアを東進,やがてアメリカ合衆国が捕鯨のための補給基地を求めて,日本に開国を求めて来ることになります.
 徳川三百年の平和がこのまま続くはずはない.そのことに気付いたのは,ごくわずかの人間でした.このままアイヌを虐げ続ければ,アイヌの心は日本から離反し,ロシア人に付いてしまう.そうなれば,いずれ蝦夷はロシア人のものになってしまう.

そうさせないためには,アイヌに対する政策を改めること.蝦夷地の産物を開発して,欧米との貿易に使い,その利益をもって国防を強化すること.
 そして,未知の蝦夷地に興味を持った若者らが,蝦夷を探検し,たくさんの記録を残しました.

本文では「地質学的知識」だけを抜き出しましたが,「動物」・「植物」・「民俗」に関する情報もたくさんあります.
 江戸時代末期に当る彼らの知識は,「本草学」としてまとめられてしまいがちですが,蝦夷を探検した彼らの知識は「本草学」そのものではないと思います.本草学は自然にあるさまざまな物質が人体にあたえる影響を記録し,病気を治したり,健康を維持するためのものですが,彼らが探したものは「産業」として成立するものです.だから,本草学ではありえない.また,欧米流の種(個物)の記載にこだわった「博物学」でもない.

もちろん,「これは地質学です」と言い切れるものも,あまり無いのですが,「蝦夷地質学 前史」として,扱ってかまわないものと考えています(ここでは「外伝」にしておきましたが).それが,「蝦夷地質学」となって,成長していったんだと思っています.「花」が咲くのはまだあと(明治以降)のことになるんでしょうけどね.

と,公式見解を述べておいて・・・.

実は,彼らを動かしたものは,「国を守る」なんて意識ではなくて,「好奇心」だと思うんですよね.「面白いものを見たい」・「聞きたい」・「経験したい」.
 自分を例に挙げるのはおこがましいですが,わたしが地質学を始めた時もそうでした.「本」や「教科書」に書いてあることではなくて,ずーっとそこにあるにもかかわらず,まだ誰も気付いていない,そういうものが「見たい」.誰かが実際に見てきたことを「聞きたい」.私だけの感動を「経験したい」.博物学の直系の子孫である「地質学」には,そういう所が充分に残っていると思う.

先端の方では,すでに地質学は滅びてしまって,地球科学にくら替えしてしまった先生たちが多いようだけれど,子供たちや一般の人に,自然科学について興味を持ってもらうには,まだまだカビの生えた「博物学」や,死にかけた「地質学」が好奇心を刺激すると思う.

「面白く」なきゃあ「学問」じゃあない.やってて,ワクワクするような「楽しさ」が無けりゃあ「学問」じゃあない.ドキッとするような「感動」が無けりゃあ「学問」じゃあない.
 私は「学問」がしたい.
 私は「地質学」がしたい.
 でも「地質学の未来は・・・」

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