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「後編の予告」もしくは「中休み」もしくは「おわび」

もう少し細かく書きたいところもあるのだけれど,幕末から明治にかけての蝦夷地の地質学の歴史は一応これでおしまいです.

しばらくの間,地質学史の舞台は東京に移ることになります.だけど,東京帝国大学に地質学科ができ,地質調査所ができてからの地質学史には,あまり興味が持てない.

続編を書くとしたら,佐々保雄が新任地にむけて汽車に乗るところから始まり,湊正雄がいつものようにせわしげに書庫の屋根の雪をつつき,落ちてきた雪に若き日のことを思いだす瞬間で終わるのだろうと予測してます.

今考えると,多分,私の好きな地質学は,このときに終わっていたのだろうとも思う.
惰性のように地質学を続けてきたのですが,毎年年末になると,地質学会から送り付けられてくる会費の請求書を見て,続ける意味を考え,もうやめた方がいいのじゃあないかと思う.毎年それを考えるために,決して自動振込にはしない.地質学で食えてるわけじゃあないしね.

いつの日か,「蝦夷地質学」の続編を書きたいと思う.
だが,残念なことに,私はこれらの話についての資料を集めるのに困難を感じている.情報は厚い壁の向うにある.私の立場では,なかなか,そこに至らない.

「日暮れて,道遠し」

博物館にいたときに,毎年のように我が館に訪れ,アンモナイトの研究を続けていた元大学教授がいた.「私の仕事は落ち穂拾いです」といっていた.世界的な大教授なのに.
 この方は,きっと命を懸けて研究を続けているのだろうと思った.
 こんな研究者は,もう現れないのだろうとも思う.
 日が暮れても,道が遠くても,目の前にある一つの事実の記載を続ける.

そんなことが私にできるだろうか.

最後に,子母沢寛の「行きゆきて峠あり」からの盗作です.
 「この…人達のためにも,遠からず天地は開明する.作者はそれを書く日を楽しんでいる.」

さてさて,蝦夷地質学続編はその日まで,お待ち戴くこととして,蝦夷地質学の背景となっている北海道の鉱物資源とそれにまつわる人々の話でお茶を濁したい.「蝦夷地質学外伝」と名づけたので,引き続き,楽しんで読んでいただけたら幸いである.



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